終戦

終戦


僕が乗ろうとした
列車が行ってしまった


取り残された
駅のホームで
僕は立ち尽くす


ちらりと見えた
車窓の奥の
人々の顔に
あざ笑われているような気がした


遠くへと消えていく
その鉄の塊は
飲み込まれるように小さくなった


荒い呼吸は収まらず
それでも時間は流れていく


向かいには
別の列車を待つサラリーマンが
新聞広げて
かばんを提げて


荒い呼吸を整えて
引き返そうと
今下りた階段を
再び上る


今まで走り通しで
むやみに震える足を落ち着けて
だんだんと踏みしめる


十段目を右足が踏んだときに
あわてた様子の女性が
こちらに向かって走ってきた


先ほどまで
僕がいた
あの無人のホームに
彼女は行こうというのか


彼女はまだ知らない


僕は顔を上げる

”列車はまだ行っていない”と
そう信じているような
まっすぐな彼女の顔


言ってもよかった
行かせてもよかった


もう列車は行ってしまったんですよと
無人のホームを見せしめてもよかった


どうせ見知らぬ他人なのだから
しかし 僕は


新聞を読みたくもないし
かばんを開けたくも無い


彼女が近づく
無限のような時間と
鉛のような空気


僕は彼女に言った
”列車はもう行ってしまいましたよ”


彼女は一瞬
驚いたような顔をして
目を大きく見開いて
十一段目の階段で立ち止まる


彼女は
”ありがとう”と
汗と共に笑った


しかし彼女は
僕の横を通り抜け
階段を下りていった


人々の群れの流れを逆に
僕は駅を出る


どうせ無人駅の自動改札
どうせ三ヶ月区切りの定期券


雑踏とビルと車から目をそむけて
僕は空を見上げる


そして僕は
特に意味も無く
腕時計とMDウォークマンと携帯電話を
踏み砕いた


なぜか涙が流れた


再び歩き出した僕を
先ほどの彼女が呼び止めた


走って戻ってきたらしく
彼女は肩で息をしている


彼女は笑いながら
”やっぱり列車は行ってしまったんですね”
と言った。


そして 僕達は
どちらが誘ったのでもなく
いつの間にか喫茶店にいて
コーヒーを飲みながら他愛もない会話をしていた


僕はそれを楽しんだ